2013年4月27日土曜日

信長の幻

 織田信雄は山口重政を呼び、滝川一益の使
者が話したという父、信長が転生した子のこ
とを問いただした。
「信長公が転生したという三歳になったばか
りの幼子は、大坂城で秀吉をはじめ、多くの
家臣らが集まった中、信長公の好まれた謡曲、
敦盛を、堂々と謡ったそうにございます。ま
たその後、家臣の一人が過去の思い出を問う
と、その幼子が申すには、南蛮人から送られ
た甲冑に、槍で突いたような穴があり、そこ
を金で埋めさせたと。それが清洲城にあると
申しておったそうです」
 信雄はハッとして家臣を呼び、城の思い当
たる場所を探させると、子の言ったとおりの
南蛮甲冑が見つかった。
 信雄に呼び出されてこの話を聞いた家康は、
「そのことを知っている何者かが、子に言い
聞かせたに違いない」と、一笑にふした。
 実は家康のもとには、早くから伊賀衆によ
り、信長が転生した子の情報は届いていた。
 すっかり信じ込んでいる信雄が言った。
「これが秀吉の計略なら、なぜ世間に吹聴し
ないのだ」
 信雄の疑問を家康もいだいていた。
「確かに、いつもの秀吉なら大げさに触れ回っ
ているでしょう。しかし今は、己の天下取り
をしている最中。信長公が現れたような話は
混乱を招くだけと判断しているのでは」
 なおも信雄の疑念は消えない。
「もしかして、父上が見つかって秀吉のもと
にいるのでは……。本能寺が焼け落ちた時、
かなりの深手をおっておられるはずじゃ。秀
吉が父上をどこかに閉じ込めて、言いなりに
しているのではないだろうか」
 家康は、このことで信雄が弱気になること
が怖かった。
「分かりました。この家康が十分に探ってま
いりますので、今しばらくご猶予をくだされ。
けっして憶測で動いてはなりませんぞ。秀吉
の術中にはまるだけです」
 信雄は承知したが、浮かぬ表情は消えるこ
とはなかった。
 その頃、秀吉は摂津の有馬にある温泉で、
のんびりと湯治をしていた。