2013年6月20日木曜日

伏見城籠城

 家康が上杉討伐へ向かった後の伏見城では、
その留守を老臣、鳥居元忠が守っていた。そ
して、秀秋の兄、木下勝俊もそこにはいた。
 鳥居はこの籠城で死ぬことを覚悟していた。
そうした場所に、おおよそ戦にはむかない弱
将の勝俊がいることに頭を悩ませていた。
 この籠城戦で、もし勝俊が死ぬことにでも
なれば、弟の秀秋を味方にできない。かといっ
て勝俊も武人の端くれだから邪険に追い出す
わけにもいかない。
 鳥居は困り顔で勝俊に声をかけた。
「勝俊殿、お勤めご苦労様にございます。し
かし、もうじきここに大軍が押し寄せてまい
ります。多勢に無勢。ここはひとつ退去願え
ませぬか」
「それは存じておりますが、私は家康殿にこ
こに留まるように命じられております」
「さすがに勝俊殿は武士の誉れ。そのお言葉
を大殿が聞けば涙を流して喜びましょう。だ
からこそ申しておるのです。この城での戦い
では無駄死です。もし勝俊殿を死なせたとあっ
てはこの元忠、死んでお詫びしても大殿には
許してはいただけません」
「それでは元忠殿も無駄死になるではありま
せんか」
「私のことは心配ご無用です。私がこの城で
奮戦すれば皆の士気が上がりましょう。しか
し、勝俊殿にもしものことがあれば、秀秋殿
が大殿の味方になることも難しくなるではあ
りませんか」
「なるほど、それもそうですな。おっしゃる
とおりにいたしましょう」
「かたじけない。この元忠、勝俊殿のぶんも
存分に戦います」
「元忠殿、死んではなりませんぞ。頃合いを
みて退却するのも勇気がいるもの。家康殿も
元忠殿を失えば大きな痛手となり、なにより
も嘆き悲しまれましょう」
「勝俊殿。そのお言葉だけで勇気百倍。元忠、
一世一代の大戦をご覧に入れます。命があれ
ば、またお会いしたい」
「もちろん。その時を楽しみにしていますよ」
 鳥居が涙を流して一礼すると、勝俊も別れ
を惜しむように一礼して城を去った。
 それから間もなく、毛利輝元が伏見城にい
る鳥居らに、城の明け渡しを命じた。しかし、
鳥居らはこれを拒否して籠城戦をする構えを
みせた。
 そこで、伏見城の攻略軍が組織され、総大
将は宇喜多秀家、副将に秀秋が決まり、毛利
秀元、吉川広家、小西行長、島津義弘、長宗
我部盛親、長束正家、鍋島勝茂など兵四万人
で向かった。
 三成ら他の諸大名は、家康の動きを警戒す
るため、美濃、尾張などへ向かった。
 伏見城に籠城している兵は千八百人ほどだっ
たが、説得に応じる気配はなく、城攻めにも
てこずらせた。
 この時、義弘が持ち込んだ火箭を試しに使っ
てみることになった。
 この火箭は、朝鮮から持ち帰った火箭と、
それを作っていた朝鮮人を日本に連れて帰り、
指導を受けて日本の火薬師に作らせたものだっ
た。
 その見た目は、竹竿の先に火薬の入った太
い筒があり、先端を円錐の形にしていた。全
長は人の背丈ほどで運びやすかった。
 筒から出ている導火線に火を点けると筒の
下から火炎を噴射して長距離を飛び、やがて
爆発する。
 いつ爆発するかは分からず、飛んでいる時
か地面に落ちてしばらくたって爆発するかも
しれないというものだった。
 朝鮮出兵の経験がある将兵は、その威力を
知っているが、日本の火薬師が作ったという
ことで、その出来栄えを疑っていた。
 籠城している徳川方の将兵は朝鮮出兵に参
加しておらず、初めて火箭を見て、その不恰
好な物に苦笑した。
 島津の兵卒が火箭を城へ向けて火を点ける
と、火炎を噴射して、まさしく太い矢のよう
に飛んでいった。そして、城壁の近くまで飛
んで爆発、大炎上した。
 その威力は誰もが想像した以上にすさまじ
く、三発で天守閣は大破し、その上部は炎に
包まれた。
 これをきっかけに、秀秋らの部隊が城にな
だれ込み、籠城していた鳥居らは力尽き、自
刃して果てた。
 この火箭の威力を、大谷吉継は知っていた
ので、先に漂着したオランダ船、リーフデ号
に積んでいた火箭を事前に全て分解して火薬
を取り出させ、石田三成に「牙はもいだ」と
告げたのだ。