2013年6月26日水曜日

三成と吉継の思い

 松尾山のふもとに布陣していた西軍の大谷
吉継は、側にいた湯浅五郎から、「秀秋が松
尾山城に入城した」と聞き、複雑な思いだっ
た。
 吉継は、秀吉の小姓となっていた頃、秀秋
が養子としてやって来た時のことを鮮明に覚
えている。
 秀秋が成長すると、まるで年の離れた兄弟
のように、読み書きや剣術などを教え、鷹狩
りにも連れ出して遊んだりした。
 今はどれほど成長したのか観ることはでき
なかった。
 吉継は、秀秋の病が偽りだったということ
で、東軍に味方するのだと確信し、こうして
秀秋と戦うことになったのも運命と心を切り
かえた。そして、部隊の一部を松尾山に向け
て警戒させた。
 三成と秀秋の関係も吉継と同じようなもの
で兄弟同然だった。
 三成は、病で来られないはずの秀秋が、松
尾山城に入城したとの知らせに安堵した。
(ようやく西軍に加わる気になったか)と思っ
たからだ。しかし、三成に不安がなかったわ
けではない。
 次のない大戦を前に、毛利一族が東軍に味
方するような布陣をしたことで計画が大きく
狂っていた。
(もし秀秋が東軍に寝返ったとしたら)と、
一瞬脳裏によぎった。
(秀秋は伏見城攻めでも存分に戦ってくれた
ではないか。この期に及んで家康に味方する
ことなど絶対にない。家康にしても豊臣の縁
者に助けられたとあっては秀頼様を討つこと
はできまい。……そうか、秀秋はどちらが勝
つにしても秀頼様をお守りできると考えてい
るのではないだろうか)
 そして三成は、とんでもない行動に出た。

 その日の夜

 夕闇の中、松尾山城に突然、三成が供もつ
れず現れた。
 三成は、警戒していた兵卒に止められ、城
外で待たされた。
 しばらくして城内に入ることを許されて、
座敷に通されると、そこに秀秋が座って待っ
ていた。
 三成は、秀秋が使い込んだ鎧を身に着け、
大人びた精悍な面構えになっていることに威
圧され、ひきつった笑い顔で声をかけた。
「秀秋殿、お加減が悪いと聞いておったが、
よう参られました」
 三成は、秀秋がすでに城内いた伊藤を追い
出したことに怒りもせず、ふれようともしな
い。
 秀秋は、意識的に三成と目を合わせるのを
避け、ゆっくりと遠まわしに話した。
「ここは眺めがいい。どちらの布陣も一望で
きる」
 辺りは暗闇で何も見えてはいない。
 三成は、秀秋が何を言いたいのか真意を計
りかねていた。
 少し沈黙があり、やっと秀秋のほうから切
り出した。
「秀頼様はどこに」
 三成は戸惑いながら答えた。
「秀頼様は幼きゆえ、ここには……」
「秀頼様が御出ましになれば、家康殿もうか
つに手が出せず、戦うこともなく、天下は三
成殿の思うままだったろうに」
「私にそのような欲望はありません。世を乱
す家康を成敗し、秀頼様をお守りするのが亡
き太閤様へのご奉公と考えております」
「では総大将はどうした」
「こたびの総大将は宇喜田秀家殿が務めます。
秀家殿は太閤様のご養子。秀頼様の名代とし
てふさわしいお方です。輝元殿のことなら大
坂城で秀頼様をお守りする役目をお引き受け
くださいました。もしや、秀秋殿は総大将に
なりたかったのでございましたか」
 秀秋は苦笑した。
「この戦は、俺の戦ではない。秀頼様が御出
ましにならないのでは、この戦の大儀が分か
らず、将兵の士気も上がらん。輝元殿も腰が
引けておるのに、誰のために戦えと申すのか」
「大儀は誰の目にも明白。豊臣家をないがし
ろにし、秩序を乱す家康の討伐です。私利私
欲の合戦ではなく天下万民のために戦ってい
ただきたい」
「それで勝算は」
「われらは少数ながら、結束は強く、家康が
手に入れた大砲よりも強力な武器の火箭があ
ります。秀秋殿も伏見城攻めでその威力はご
覧になられたはず。この城にもその火箭を用
意しました。明日になれば、天候もわれらに
有利となりましょう。天の時、地の利、人の
和はわれらにあり。結果は明らか」
「ほう。では心配ないはず。ここへは何故、
参られた」
「先般、書状にてお約束したように、この合
戦が終れば、秀秋殿には関白になっていただ
き、秀頼様の補佐をお願いいたします。その
ご確認を再度しておこうと思いまして……」
「それはおかしい。関白には総大将の秀家殿
がなられるのが筋ではないか」
「……」
 秀秋が三成の顔を見ると悲壮感が漂ってい
た。
(なぜこの男が柄にもない大仕事をしようと
しているのか)