2013年7月10日水曜日

正成の計画

 大坂の岡山藩、藩邸に戻った正成は、すぐ
に秀詮のもとに向かった。
「殿、お加減のほうはいかがですか」
「うん。惺窩先生からいただいた解毒薬の一
つに、よく効くものがあった。もう大丈夫だ」
「それは良うございました。しかし、殿には
狂っていただかなければなりません」
 正成は、毛利秀元との話の中で考えついた
秘策を打ち明けた。
「ただ狂うだけではいけません。家康殿の耳
に入るように、家臣を二、三人殺すぐらいの
覚悟をしていただかなければなりません」
「そのようなことをしたら、私は斬首になる
ではないか」
「もしそうなれば、われらは兵を挙げます。
家康殿はそうなることを嫌っているからこそ、
毒を使っているのだと思います」
「しかし、家臣を殺すなど」
「殿、これは戦にございます。この戦、なん
としても勝たねばなりません。大事の前の小
事に気を病んではなりません」
「……」
「それをきっかけに私は逃亡いたします。そ
して、殿と奥方、それにお子らの受け入れ先
を整えます。殿には頃合いをみて、狂い死ん
でいただきます。その亡がらの埋葬先は、出
石郷伊勢宮の満願山成就寺です。すでに侍医、
住職には手を回しております」
「それで私は自由の身か」
「申し訳ありませんが、また別人として生き
返っていただきます」
「なに」
「殿が隠遁したところで、すぐに見つかって
しまいます。それに、毛利家に家臣を受け入
れていただくための条件は、殿が徳川家に入
り、内情を探り、毛利家を守り立てることで
す」
「そのようなことができるのか」
「そのことで、これから惺窩先生にお会いし
に行きます。なんとしても成し遂げねばなり
ません」
 そう言うと、すぐに正成は退去し、惺窩の
もとを訪れた。そして、毛利家とのやり取り
を説明した。
「なんと、徳川家に入れるなどと、大胆な」
「そうでも言わなければ、毛利家は家臣を受
け入れそうにもありませんでしたので」
「それは分かる。しかし、何か策でもあるの
か」
「それは先生におすがりするしかありません。
先生の学問は朝廷に影響を与え、家康殿にも
講ずるなど、信頼厚いものがあります。その
学問を実践し、証明したのはわが殿に他なり
ません。これは先生の一番の門弟といえるの
ではないでしょうか」
「確かにそうだが、私の門弟とするにはまだ
まだ知識にとぼしい」
「今すぐではないのです。別人になるのにも
準備が必要です。しばらくは身を潜めて、そ
の機会を待つ時間があります」
「その別人だが、すぐに家康殿には分かるの
では」
「はい。それでいいのです。わが殿が生きて
いたということを知らせることで、その能力
も分かるでしょう。また、殿がひとり、捨て
身で現れることで、家康殿には兵力で攻めら
れるという心配が消えます。そもそも殿は徳
川家を救った恩人です。徳川家の大きな力と
なることにも気づくでしょう」
「そうなってもらわなければ」
「先生には、ご迷惑をおかけしますが、多く
の家臣の生活がかかっています。もう引き下
がることはできません」
「よし分かった。私も秀秋殿には世話になり、
わが学問のすごさを教わった。なにか役に立
ちたいとは思っている。ところで、別人にす
るといっても、ただの門弟では家康殿に会わ
せるのは難しい。何か興味を引くような者に
しなければ」
「それには、私に一人、心当たりがあります」